国色芳華 第20話 あらすじ
何惟芳は商いを大きくする心得を蕓店主に尋ねた。
蕓店主は、信頼できる有能な者に任せることだと話した。
劉暢は寧王に婚約解消を願い出た。
典厩署(朝廷の馬を管理する官署)に移動させられた劉暢は、同僚にいじめらた。
蒋長揚は知己だと言って劉暢を助けた。
劉暢は出世して何惟芳に求婚すると話した。
蒋長揚は幼貞に知られたら何惟芳の命が危ないと忠告した。
勝意は実家に帰ったが、家族は離縁された勝意は家の恥だと言って けなし、年の離れた子持ちの再婚相手をあてがおうとした。
卑屈な気持ちで流産した子の墓参りに行った勝意は、王擎と会い別れたくないと抱き寄せられた。
何惟芳は帰った勝意のために、貴重な薬草で作った汁物を差し入れた。
勝意は笑顔を見せた。
崔茂から証言を得た蒋長揚は洛陽に行くことになり…?
感想・考察
やっぱり一緒に寝てたのは蕓店主でした。
分かってました。
分かってましたが夢見たかった気持ちがありました。
蕓店主との話により、花満築が次の段階に羽ばたこうとしているということが分かりました。
支店の出店です。
すっかり商売は軌道に乗り、何惟芳としては店舗を拡大していこうとしているみたいです。
どれくらい時間が経過しているのかはわかりませんが、
何惟芳「火耀金丹は株分けし苗を得たので来春には花を咲かせます」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第19話より引用
という話がありましたから、まだ商売を始めて1年は経ってないと思われます。
すごいですよね。
崔茂
崔茂が出てきて蒋長揚に尋問を受けていました。
崔茂の名が出てきたのは、おそらく12話ではないかと思います。
官吏「吏部の崔が不正により任官したと学生が告発を。答案が他人の代筆だったそうです」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第12話より引用
この不正をした吏部の崔というのが崔茂だと思います。
朝廷でこの議論が出た時、寧王側はこれをうやむやにしたそうな感じで保留を提案していました。
それに対して徐祖平は、
徐祖平「学生は国の宝。放っておけぬ。崔侍郎の不正は逸材を選ぶ場が私情で動いていることの証しである。…(中略)…試験の仕組みを見直さねば」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第12話より引用
と言って厳しく追及し、登用制度の改革を提案しました。
具体的には私塾出身者(庶民)の採用を強化するという案でした。
場面が切り替わり、寧王一派の会議の場。
寧王派の人その1「徐祖平は真に狡猾。先手を打ってこちらの対応を封じました」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第12話より引用
その2「崔侍郎の弁明書は用意しました。告発した学生を処分し地方からの推挙を止めれば収められるかと」
このような会話がありました。
どうやら、徐祖平の提案により、寧王側の企みが絶たれてしまったということのようです。
崔侍郎(=崔茂)が寧王側の人だということもこの会話で分かります。
寧王はこの件により徐祖平の暗殺を示唆し、蒋長揚が動くことになっていきます。
(登用制度については、徐祖平が亡くなったことになったため、皇帝が師匠の意思を汲むという口実で実行できるようです。15話参照)
寧王の企みとは?
徐祖平により阻まれたという寧王の企みとは何だったのか考えてみました。
まず、花鳥使が玄宗皇帝以降に登場した役職なので、このドラマの舞台は唐の中期以降の時代なのではないかと考えています。
その頃の科挙制度について調べました。
「科挙の試験に応ずる資格は、学館の生徒たるを要した。当時京師に崇文、弘文の二館あり、皇親外戚の子弟を収容し、また長安には国士学・太学あり、それぞれ文武官三品以上および五品以上の子弟を入学せしめ、なお四門学ありて六品以下庶人の優秀なる者を教育した。別に律学・書学・算学があって八品以下の子及び庶人に特殊教育を施す。また地方県州にもそれぞれ学校があった。学館の生徒にして成績優秀なる者は選抜を受けて科挙に応ずる資格を与えられる。学館の生徒にあらざる者も、州県に出願して考査を受けたる後、中央に推挙されて科挙に応じ得るが、これを郷貢という。」
宮崎市定「科挙史」平凡社 1987 34頁より引用
この内容に該当しそうなことはドラマに出てきていました。
私塾出身の庶民とそうではない貴族の子弟という形で。
「礼部において科挙の成績により進士及第者として任官資格を与えられても、実際の官吏となるにはさらに吏部の門を潜り、身言書判の試験を受けねばならなかった。…(中略)…一方貴顕の子弟は任子の制により、別に困難なる科挙を経るを要せずして、直ちに官吏資格を与えられ、単に吏部より下す一通の一通の辞令によって実官に就任し得た」
宮崎市定「科挙史」平凡社 1987 36頁より引用
最初は科挙の管理は吏部がしていたそうなのですが、途中から礼部の管理になったそうです。
礼部が管理するようになってからも最終的に登用するかどうかは吏部が決めていたようで、この辺りで崔茂が不正をできたんでしょうね。
任子の制とは、高級官僚は自分の子や孫を任官できるという世襲OKな制度だそうです。
劉暢が寧王の娘婿として良いポジションを用意してもらっていたのは、この制度なのかもしれないと思いました。
「省試の責任者である知貢挙は、その年の進士合格者を門生として知貢挙を座主とする師弟関係を結んだ。これがのちの朋党を生む原因となった。」
科挙 – Wikipedia
という記述も見つけました。
朋党とは派閥みたいなもののようです。
寧王は私学出身者を登用することに反対していましたから、貴族の子弟ばかりを登用して、彼らを自分の派閥にいれて大派閥を築き上げるというような計画があったのかなと思いました。
皇帝側の人「訴えられた崔侍郎は寧王が吏部に送り込んだ役人の任免を操る手先です」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第15話より引用
という話があったので、崔侍郎は寧王の野望を実現させるために、実際に寧王の手先となって誰を登用するのか罷免するのかやっていたみたいですね。
結構なキーパーソンだと分かりました。
「蔣家は刑部とは違う」の意味
15話を見ていて分からないことがあったんです。
皇帝側の人「登用制度を見直し腐敗した役人を除いても寧王には痛手は与えられない。訴えられた崔侍郎は寧王が吏部に送り込んだ役人の任免を操る手先です。各地の名家と結び付いていますが黒幕については口を割りません。流刑が決まっても何の波紋も起きなかった。実に残念です」
国色芳華(こくしょくほうか)~牡丹の花咲く都で~ 第15話より引用
蒋長揚「そうでもない」
三郎「寧王が目を光らせる刑部では何も出るまい。だが蔣家は刑部とは違う」
「蔣家は刑部とは違う」の意味が分からず、あの後起きたことも分かりませんでしたが、今回謎が解けました。
あの後、流刑囚の隊列から逃げようとして黒装束の人につかまった人が崔茂で、黒装束の人は蒋長揚の配下の人だったんですね。
「蔣家は刑部とは違う」というのは、蔣家の拷問部屋でなら黒幕についても口を割るだろうという意味だったのだろうと思いました。
失う可能性
何惟芳と蒋長揚は気の合うお隣さんで晩酌仲間みたいな感じになっていたので、もうこのままで幸せじゃない?もうこれでハッピーエンドでもよくない?と感じていました。
しかし、前回何惟芳は蒋長揚がしょっちゅう命を狙われているということを知りました。
そして、今回蒋長揚は劉暢から宣戦布告を受け、何惟芳が誰かと結婚するかもしれないという可能性に思い至ったと思います。
このステキな関係に終わりがやってくる可能性をお互いに感じたのではないでしょうか。
独身主義を貫いてばかりはいられないという方向に、こうやって考えが傾いていくのだろうと、期待を持ちました😍
いい流れですね。
最後、崔茂の証言を得た蒋長揚は洛陽に行くと言っていましたが、何のために?
科挙の2大受験会場が長安と洛陽だったみたいな情報は少し調べたら出てきたのですが、その関係で調査したいことがあるのか、あるいは洛陽の道観で学んでいる学生たちに用があるのか、全くの別件か。
そして何惟芳に何を言おうとしたのか。
希望としては、何惟芳を一緒に洛陽に連れて行く、旅行展開などがいいなぁと思っていますが。
どうでしょう?来週が楽しみですね。
そして心配なのは勝意です。
DV男にほだされないで!
本当にお願いします🙇♀️🙇♀️🙇♀️

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